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選手のプロフィール

小川智大の高校は川崎橘|3年はセッターで春高、中学・明治大学の学歴

公開 バレー図鑑 編集部
こんな疑問に答えます
  • 小川智大の出身高校はどこ?
  • 高校時代のポジションは?
  • 春高バレーには出た?
  • 中学・小学校はどこ? 出身地は?
  • 大学はどこ? 学部は?

小川智大選手の出身高校は、神奈川県の川崎市立橘高校(川崎橘)です。高校では1・2年がリベロ、3年はセッターで、3年の2015年1月には春高バレーに出場しました。月刊バレーボールの代表プロフィールや毎日新聞・明大スポーツ新聞部の取材記事をもとに、小学校から明治大学までの学歴を順に見ていきます。

目次

01小川智大の出身高校は川崎市立橘高校(神奈川)

時期・学校主なできごと
小学3年〜
瀬谷小・大和ベアーズ
クラブでバレーを始める
中学
横浜市立万騎が原中
アタッカー。3年でリベロへ
高校(2012〜2015年)
川崎市立橘高校
1・2年はリベロ、3年はセッター。3年で春高に出場
大学(2015〜2019年)
明治大学 政治経済学部
4年で主将、全日本インカレ3位

※出典:月刊バレーボール「2026 男子日本代表プロフィール」、毎日新聞(2026年9月)、4years.(明大スポーツ新聞部・2018年)、明大スポーツ新聞部(2018年11月)、web Sportiva(2025年9月)

小川智大選手の出身高校は、神奈川県川崎市にある市立の橘(たちばな)高校です。検索で見かける「川崎橘」は、この高校の呼び方です。月刊バレーボールの日本代表プロフィールにも「川崎橘高」と載っています。

小川選手は横浜市の出身で、横浜市立の万騎が原中学校から、隣の川崎市の橘高校に進みました。橘高校は川崎市中原区中丸子にあり、普通科・国際科・スポーツ科の3つの学科があります(橘高校の公式サイト)。小川選手がどの学科だったかは公表されていません。

地図:川崎市立橘高等学校 川崎市中原区中丸子(Googleマップ)。小川選手の母校、川崎市立橘高校(川崎市中原区中丸子)の場所

毎日新聞(2026年9月)によると、小川選手は2012年、15歳で受けた橘高校の入試の面接で「将来は海外でプレーして、日本代表として活躍したい」と話しました。面接官だった男子バレー部の中村進太朗監督(当時)は、中学3年で自分の将来をはっきり言い切ったことを覚えています。小川選手は2021年に日本代表に選ばれ、2026年にはポーランドのクラブへ移りました。

02高校時代の小川智大:1・2年はリベロ、3年はセッター

学年・ポジション主なできごと
1・2年(2012〜2013年度)
リベロ
2年のとき、全国の有望な高校生が集まる大会で明治大学の監督に見いだされる
3年(2014年度)
セッター
夏のインターハイは2回戦負け。2015年1月の春高は1回戦に勝ち、2回戦で負け

※4years.(明大スポーツ新聞部・2018年)、毎日新聞(2026年9月)、神奈川新聞(2015年1月)より

高校時代の小川選手は、1・2年がリベロ(後ろの列で守備だけを受け持つポジション)、3年はセッター(攻撃のトスを上げる司令塔)でした(4years.)。3年のときは「変則ツーセッター」と呼ばれる形で、トスを上げる役を担っていました(毎日新聞)。本人は後に「高校生では途中でセッターもかじった」と振り返っています(web Sportiva・2025年9月)。

3年生の2014年夏の全国高校総体(インターハイ)では、2回戦で崇徳高校(広島)にフルセットで敗れました。毎日新聞によると、大会のあとの合宿で中村監督が「仲間を生かすトスを」と、約3時間つきっきりで指導したそうです。

毎日新聞バレー取材班のXの投稿(2026年9月4日)。小川選手の学生時代を振り返る連載の中編の告知。高校3年でセッターを務め、最後の春高に出たことにふれている

全国的に名前の知られた選手ではありませんでした。明大スポーツ新聞部は「高校時代無名」と書いています。転機は高校2年のとき、全国の有望な高校生が集まる「全日本ジュニアオールスタードリームマッチ」です。明治大学の岡崎吉輝監督(当時)が並外れたレシーブ力にほれ込み、すぐに橘高校に電話で声をかけました。関東1部リーグの大学からはまだ誘いがなかったこともあり、小川選手は明治大学への進学を決めたといいます(4years.)。

春高バレーには出た? 3年の2015年1月に出場

試合(2015年1月)・相手結果
1回戦(5日)
玉野光南(岡山)
2-0で勝ち
2回戦(6日)
石川工(石川)
0-2で負け

※第67回全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高バレー)、会場は東京体育館。神奈川新聞(2015年1月6日・7日)より。1・2回戦は2セットを先に取ったほうの勝ち

小川選手は、高校3年の2015年1月に春高バレー(全日本高校選手権)に出場しています。毎日新聞のバレー取材班は、セッターを務めた小川選手が「最後の春高では関係者も驚くプレーを見せました」と伝えています。

この大会で橘高校は、1回戦で玉野光南(岡山)に勝ち、6年続けて初戦を突破しました。2回戦では石川工(石川)にストレートで敗れ、4年続けて2回戦で敗退しています(神奈川新聞)。橘高校は2013年と2014年の春高にも出ていますが、1・2年の小川選手がメンバーに入っていたかは確認できませんでした。

03中学は横浜市立万騎が原中。3年でスパイカーからリベロへ

項目中学時代の小川智大
中学校横浜市立万騎が原中学校(横浜市旭区)
ポジションアタッカー(スパイクを打つ選手)→ 3年でリベロ
身長160cm台で、当時は小柄だった
転機3年のJOCジュニアオリンピックカップ(都道府県対抗の全国大会)

※月刊バレーボール、毎日新聞(2026年9月)、web Sportiva(2025年9月)より

中学は横浜市立万騎が原(まきがはら)中学校です。当時はアタッカーで、身長は160cm台。名前の知られた選手ではありませんでしたが、試合を見た橘高校の中村監督は「先を見通す能力にすごくたけていました」と話し、仲間に役割を伝えて試合を動かす姿を「コートの中の監督のよう」だったと振り返っています(毎日新聞)。

リベロになったのは中学3年のときです。JOCジュニアオリンピックカップ(中学生の都道府県対抗の全国大会)で、スパイカーからリベロに変わりました。本人は「上でやるならリベロしかない」と考え、自分で決めたと話しています。本人によると、ネットの高さが「2m30cmから2m43cm」になると、自分のスパイクは通用しないと考えたそうです。小学生のころから練習を重ねたレシーブには自信があり、「リベロはできる」と思ったといいます(web Sportiva・2025年9月)。

04出身地は神奈川県横浜市。小学校は瀬谷小、3年でバレーを始める

項目内容
出身地神奈川県横浜市
小学校瀬谷小(月刊バレーボールの表記)
クラブ大和ベアーズ(小学生のバレーボールクラブ)
始めた学年小学3年
練習学校が終わった夕方5時から夜9時まで、休みはほとんどなかった

※月刊バレーボール「2026 男子日本代表プロフィール」、web Sportiva(2025年9月11日)より

小川選手の出身地は神奈川県横浜市です。小学校は瀬谷小で、小学生のチーム「大和ベアーズ」でプレーしていました(月刊バレーボール)。バレーボールを始めたのは小学3年のときです(web Sportiva)。

クラブの練習はとても厳しく、web Sportivaによると「365日中、250日は涙を流す日々」だったそうです。チームの目標は、監督やコーチが決めた「県大会で2位までに入って関東大会に出よう」でした。それでも本人は「小学校時代の環境がすべて」と言い、この時期に身につけたレシーブの形が、のちのリベロの土台になりました(web Sportiva・2025年9月)。

バレーボールマガジン公式のInstagram(2026年7月)。誕生日に合わせて、横浜市出身で万騎が原中・川崎市立橘高・明治大学という小川選手の歩みを紹介した投稿

2026年度の男子日本代表36人のうち、出身地が分かる32人で神奈川県出身は2人です(小川選手と西山大翔選手)。代表選手の出身地や身長は選手図鑑で見られます。

05大学は明治大学政治経済学部。4年で主将、全日本インカレ3位

学年明治大学での主なできごと
1年(2015年度)主将で同じリベロの瀧野頼太選手のもとで学ぶ
2年(2016年度)リベロで先発に定着
3年(2017年度)秋の関東大学リーグでリベロ賞
4年(2018年度)主将。6月に大学日本代表でアジアカップのベストリベロ賞。全日本インカレ3位。10月に豊田合成トレフェルサ(現ウルフドッグス名古屋)入団内定

※4years.(明大スポーツ新聞部・2018年)、明大スポーツ新聞部(2018年11月26日)、web Sportiva(2025年9月)より。内定は豊田合成トレフェルサの発表(2018年10月2日)

大学は明治大学の政治経済学部です。明大スポーツ新聞部の2018年11月の記事に「小川智大主将(政経4=川崎橘)」とあります。高校2年のときに声をかけた岡崎監督の誘いで進みました。推薦などの入試の方式は公表されていません。

1年のときの主将は、同じリベロの4年生・瀧野頼太選手でした。小川選手は「いままでやってきたことは子どものバレーだったと思い知らされた」と振り返り、チームのまとめ方を学んだといいます(4years.)。2年からリベロの先発に定着し、3年の秋のリーグ戦でリベロ賞を受けました。

4年では主将を務めました。2018年6月には大学日本代表としてアジアカップに出てベストリベロ賞に選ばれ、12月の全日本インカレ(大学日本一を決める大会)では準決勝で早稲田大学に敗れて3位です。前の年まで2年続けてベスト16だった明治大学が、4年ぶりに表彰台に上がりました(4years.)。本人は、バレーを本当に「楽しい」と思えたのは「大学3、4年の頃」だと話しています(web Sportiva)。

【データ】2026年度の男子日本代表で明治大学出身は4人

出身大学人数
早稲田大学6
東海大学4
明治大学4
日本体育大学3
筑波大学3

※2026年度 男子日本代表36人のうち、SVリーグ公式の選手紹介で出身校が大学の29人をバレー図鑑が集計(2026年10月22日時点)。各選手の出身大学は選手図鑑の選手ページで見られます

2026年度の男子日本代表で、出身大学が分かる29人を数えると、明治大学出身は小川選手を含めて4人で、早稲田大学の6人に次いで東海大学と並ぶ多さでした。小川選手のほかは、同じリベロの武田大周選手、ミドルブロッカー(ネット中央でブロックと速攻を担うポジション)の三輪大将選手、アウトサイドヒッター(攻撃と守備の両方を担うポジション)の工藤有史選手です。

06明治大学のあと:ウルフドッグス名古屋からポーランドのルブリンへ

時期チーム
2019〜2024年ウルフドッグス名古屋(V.LEAGUE優勝・ベストリベロ賞3回)
2024-25ジェイテクトSTINGS愛知
2025-26サントリーサンバーズ大阪
2026-27BOGDANKA LUK Lublin(ポーランド)

※各クラブの公式発表、V.LEAGUE公式アーカイブより。日本代表は2021年から

卒業後は豊田合成トレフェルサ(2019-20シーズンから「ウルフドッグス名古屋」)に入り、日本のリーグを代表するリベロになりました。2021年には日本代表に初めて選ばれ、2026-27シーズンからはポーランドのルブリンでプレーしています。高校入試の面接で話した「海外」と「日本代表」は、どちらも実現しました。

リベロとしての強みや、高校3年のセッター経験が生きたトス、日本代表での歩みは小川智大はどんな選手かの記事に、ルブリンへ移った理由とこれまでの所属チームは小川智大の移籍の記事にまとめています。

よくある質問

川崎橘高校の偏差値は?

橘高校には普通科・国際科・スポーツ科の3つの学科があり、学科ごとに入試の難しさが違います。小川選手がどの学科だったかは公表されていないため、この記事では偏差値を載せていません。

明治大学には推薦で入ったの?

入試の方式は公表されていません。高校2年のときの大会で、明治大学の岡崎吉輝監督(当時)がレシーブ力にほれ込み、橘高校に電話で声をかけたことがきっかけです(4years.・明大スポーツ新聞部)。

春高バレーには何回出た?

高校3年の2015年1月の春高に出たことは、毎日新聞の取材で確かめられます。橘高校は2013年と2014年の春高にも出場していますが、1・2年の小川選手がメンバーだったかは確認できませんでした。

大学時代のポジションは?

リベロです。明治大学では2年からリベロの先発に定着し、3年の秋のリーグ戦でリベロ賞を受けました。

小川智大の出身大学の学部は?

明治大学の政治経済学部です(明大スポーツ新聞部、2018年11月)。

まとめ:小川智大の高校は川崎市立橘、大学は明治大学政治経済学部

  • 小川智大の出身高校は川崎市立橘高校(川崎市中原区)。「川崎橘」と呼ばれる
  • 高校では1・2年がリベロ、3年はセッター。3年の2015年1月に春高バレーに出場し、1回戦に勝って2回戦で敗退
  • 高校2年の大会で明治大学の監督にレシーブ力を見いだされ、明治大学へ
  • 中学は横浜市立万騎が原中。アタッカーだったが、3年でリベロに変わった
  • 出身地は神奈川県横浜市。小学校は瀬谷小で、小学3年から大和ベアーズでバレーを始めた
  • 大学は明治大学政治経済学部。2年から先発、4年で主将として全日本インカレ3位

高校から日本代表になったほかの選手の学歴は、髙橋藍の高校の記事や石川祐希の高校の記事も参考にしてください。

※この記事の情報は2026年10月23日時点のものです。

出典・参考

  1. 月刊バレーボール「2026 男子日本代表 小川智大」 https://www.getsuvolley.com/japan_men/2026_/profile_ogawa_tomohiro
  2. 毎日新聞「恩師らが語る小川智大の学生時代、意志の強さと驚きの能力/前編」(2026年9月4日) https://mainichi.jp/articles/20260903/k00/00m/050/396000c
  3. 毎日新聞「『コート上の監督』は小川智大、関係者に衝撃の変則戦術/中編」(2026年9月4日) https://mainichi.jp/articles/20260903/k00/00m/050/397000c
  4. 毎日新聞「明大後輩も『運命を変えてくれた』小川智大のぶれない信念/後編」(2026年9月4日) https://mainichi.jp/articles/20260903/k00/00m/050/400000c
  5. 4years.(明大スポーツ新聞部)「明治3位へ躍進 個性派束ねた小川智大」(2018年) https://4years.asahi.com/article/11992880
  6. 明大スポーツ新聞部「(3)インカレ前対談 小川智大×鎌田佳朗」(2018年11月26日) https://meisupo.net/news/13223/
  7. 神奈川新聞「春高バレー:橘、6年連続初戦突破」(2015年1月6日) https://www.kanaloco.jp/sports/entry-55152.html
  8. 神奈川新聞「春高バレー:橘 2回戦の壁厚く」(2015年1月7日) https://www.kanaloco.jp/sports/entry-55181.html
  9. web Sportiva「小川智大はパリ五輪メンバー落選に『泣きました』」(2025年9月11日) https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/volleyball/2025/09/11/post_57/
  10. web Sportiva「小川智大が思う世界に勝つために必要なこと」(2025年9月11日) https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/volleyball/2025/09/11/post_58/
  11. 川崎市立橘高等学校(全日制)「交通アクセス」 https://kawasaki-edu.jp/5/tachibana-highschool-zen/index.cfm/1,0,34,html
  12. 日本バレーボール協会 2026年度 男子日本代表 登録メンバー https://www.jva.or.jp/national_team/2026/men_member/
  13. SV.LEAGUE 選手詳細 小川智大 https://www.svleague.jp/player/detail/?id=3574
バレー図鑑 編集部

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