- 小野寺太志と
石川祐希は どんな 関係? - 同期って
本当? いつから 一緒? - 同部屋の
エピソードは? - 確執の
うわさは 本当? - 山内晶大・西田有志・髙橋藍との
関係は?
小野寺太志選手と石川祐希選手は同じ学年で、2013年のユース代表から一緒に戦ってきた仲です。パリ五輪では選手村で同部屋でした。2人が語った言葉と報道、バレー図鑑の選手図鑑のデータから、同期の歩み、確執のうわさの出どころ、山内晶大・西田有志・髙橋藍選手との関係までを順に見ていきます。
目次
01小野寺太志と石川祐希の関係は? 高校3年から一緒に戦う同学年
| 時期 | 2人の関係(出どころ) |
|---|---|
| 2013年(高校3年) | 世界ユース(U19)選手権の日本代表でチームメート(Number Web) |
| 2014〜2017年(大学) | 東海大の小野寺選手と中央大の石川選手。全日本インカレで4年続けて対戦(4years.) |
| 2015年〜 | そろって日本代表に登録(JVAの年度別の登録メンバー) |
| 2021年・2024年 | 東京五輪・パリ五輪にそろって出場。パリでは選手村で同部屋(日刊スポーツ) |
| 2026年 | アジア選手権で優勝し、2028年ロサンゼルス五輪の出場権を獲得 |
小野寺太志(おのでら・たいし)選手と石川祐希(いしかわ・ゆうき)選手は、同じ学年で、高校3年のときから日本代表で一緒に戦ってきた仲です。石川選手が日本代表の主将になってからも、遠征の部屋は小野寺選手と一緒を希望するほどの信頼関係があります。
2人が初めて同じチームになったのは、2013年にメキシコで開かれた世界ユース(19歳以下)選手権です。中学まで野球部だった小野寺選手は、高校からバレーボールを始めたばかりでした。当時を振り返って「僕があまりにできないから、祐希はいろいろ親切に教えてくれたし、“あの頃”は優しかったんですよ(笑)」と話しています(Number Web・2025年7月)。
この投稿は2021年に日本バレーボール協会(JVA)が公開したもので、「1995年度生まれの同期メンバー」として、セッターの大宅真樹選手、オポジットの大竹壱青選手と4人で写っています。小野寺選手は2月生まれ、石川選手は12月生まれで、学年は同じです。
大学ではライバル。全日本インカレで4年続けて対戦
高校を卒業すると、小野寺選手は東海大学、石川選手は中央大学に進みました。大学日本一を決める全日本インカレでは4年続けて中央大学と当たり、1〜3年生のときは中央大学が優勝しています。最後の4年生の大会も、3位決定戦の相手は中央大学でした。
小野寺選手は朝日新聞の大学スポーツサイト「4years.」の連載で、石川選手を「味方なら心強い」、でも「絶対に負けたくない」特別な相手と語っています。トーナメント表を見ると「必ず中大がいるんです」と笑って振り返りました。
「また石川かよ」と思った時期も。今は「ずっと追いかけていた」
石川選手は星城高校(愛知)でインターハイ・国体・春高を2年続けて制した世代のエースです。小野寺選手は文藝春秋(2026年11月号)の取材で、「また石川かよ、と思っていた時期もあったし、“石川世代”と言われるのが嫌な時代もあった」と正直に明かしています。
一方で、日本の男子バレーを変えた選手を聞かれると「やっぱりアイツなんです」と答え、「今思えば常に僕は石川のことを追いかけていた」とも話しました。ライバル心と尊敬の両方を持った関係だといえます。
02【データ】2026年度の男子日本代表で、1995年度生まれは2人だけ
| 年上から | 選手 | 生年月日 | ポジション |
|---|---|---|---|
| 1 | 深津英臣 | 1990年6月1日 | セッター |
| 2 | 関田誠大 | 1993年11月20日 | セッター |
| 3 | 山内晶大 | 1993年11月30日 | ミドルブロッカー |
| 4 | 山本智大 | 1994年11月5日 | リベロ |
| 5 | 髙橋健太郎 | 1995年2月8日 | ミドルブロッカー |
| 6 | 石川祐希 | 1995年12月11日 | アウトサイドヒッター |
| 7 | 小野寺太志 | 1996年2月27日 | ミドルブロッカー |
| 8 | 永露元稀 | 1996年6月8日 | セッター |
バレー図鑑が集めている2026年度の男子日本代表(JVAの登録メンバー36人)を生年月日の順に並べると、1995年度生まれ(1995年4月2日〜1996年4月1日)は石川選手と小野寺選手の2人だけでした。2人とも2026年10月19日時点で30歳です。
2人より年上は5人しかおらず、チームの中ではベテランの側に入ります。2013年のユース代表で一緒だったセッターの大宅選手は、2026年度の登録メンバーには入っていません。
ポジションは、小野寺選手がミドルブロッカー(ネット際の真ん中でブロックと速い攻撃を担う)、石川選手がアウトサイドヒッター(攻撃とサーブレシーブの両方を担う)です。身長は小野寺選手が202cmで、石川選手(192cm)より10cm高い計算です。所属は小野寺選手がSVリーグのサントリーサンバーズ大阪、石川選手がトルコのジラート・バンク・アンカラで、クラブでは別々にプレーしています(2026年10月時点)。
032人は同部屋? パリ五輪の選手村で「僕は太志がいい」
- パリ五輪(2024年)の選手村で同じ部屋だった(日刊スポーツ)
- 主将になってからも、石川選手は「僕は太志がいい」と同部屋を希望している(Number Web・2024年10月)
- 調子が上がらない石川選手を、小野寺選手があえて茶化した
2人が同部屋なのは本当です。2024年のパリ五輪では選手村で同じ部屋に泊まっていました。Number Webによると、石川選手は主将になってからも「僕は太志がいい」と小野寺選手との同部屋を希望しているそうです。
パリ五輪の1次リーグ・アルゼンチン戦では、小野寺選手がチーム3位の12得点を挙げた一方、石川選手は11得点でした。小野寺選手は部屋で「俺12点、お前11点。サイドなのに、俺より点獲ってないじゃん」と茶化し、石川選手も「ほんとだよ」と笑ったといいます。
準々決勝でイタリアに敗れた日、小野寺選手は「彼の思い通りにいかない姿も見てきた。いろいろなストレスがかかる中での試合だった」と話し、「一緒に冗談も言い合いながら今日の日を迎えられたのはよかった」と石川選手に感謝しました(日刊スポーツ・2024年8月5日)。
04小野寺太志と石川祐希に確執はある? 不仲の報道は見当たらない
| 言われること | 確かめられること |
|---|---|
| 確執・不仲 | 本人・所属先・大手メディアの報道は見当たらない(2026年10月19日時点) |
| きつい言葉をかけていた | 不調の石川選手に「何やってんだよバカ野郎(笑)」。同い年だから言える、と本人(Number Web・2023年10月) |
| 「石川世代」が嫌だった | 昔の気持ちとして本人が話した。今は「ずっと追いかけていた」(文藝春秋・2026年11月号) |
2026年10月19日時点で調べた範囲では、2人の確執や不仲を伝える報道は見つかりませんでした。うわさの元になりそうなのは、小野寺選手が石川選手に遠慮のない言葉をかける場面です。
2023年のパリ五輪予選の初戦、フィンランド戦で苦戦したあと、周りがどう声をかけるか迷う中で、小野寺選手は石川選手に歩み寄って「何やってんだよバカ野郎」と茶化しました。本人は「みんな、なかなかあの状況では言えないだろうけど、僕は言えますから」「(石川は)すごいヤツだけど、すごくないことだって当然ありますから」と説明しています(Number Web)。
2024年8月、石川選手がイタリアへ出発するときのInstagramにも、小野寺選手は「見送り行くの忘れてたわ!本場のピッツァ修行してきて」とコメントし、石川選手が「忘れんな!見送り一番大事」と返しました(西スポWEB OTTO!)。言い合いは仲の良さの表れと見るのが自然です。
05小野寺太志と山内晶大の関係は? ミドルブロッカーの先輩と後輩
山内晶大(やまうち・あきひろ)選手は、小野寺選手と同じミドルブロッカーで2学年上の先輩です。身長は204cmで、2026年度の男子日本代表では麻野堅斗選手に次ぐ2番目の高さです。東京五輪・パリ五輪にはどちらも2人そろって出場しました。
代表では、試合後にミドルブロッカーだけで肩を組む“ミドル円陣”が恒例です。Number Web(2026年9月)によると、始まりは2023年のパリ五輪予選で、山内選手は「『今日もよくやった』とか『俺たち今日も耐えたよな』って。試合後に称え合っているんです」と話しています。2026年のアジア選手権の初戦は、山内選手と小野寺選手がそろって先発しました。
ネーションズリーグ2026の準決勝アメリカ戦では、体調不良の小野寺選手に代わって山内選手が出場選手に入りました。山内選手は「ここに立てない選手もいますし、いろんな思いを乗せて今回の試合に臨んだ」と語っています(日刊スポーツ・2026年8月1日)。
山内晶大と小野寺太志のダンスは、BS-TBSのTikTok動画
「小野寺太志 山内晶大 ダンス」で検索されるのは、ネーションズリーグ2025の千葉大会のころに、放送局のBS-TBSがTikTokで配信した2人のダンス動画です。BS-TBSスポーツの公式Xでも「大好評」と紹介されました。地上波の中継前には、石川選手・髙橋藍選手・山本智大選手も加わった5人のダンスも流れています(THE ANSWER・2025年7月16日)。
06西田有志・髙橋藍との関係は? 中国戦の交代とサントリーの仲間
| 選手 | 小野寺選手との主なつながり |
|---|---|
| 西田有志(26歳・オポジット) | 2026年7月のネーションズリーグ中国戦で、ふらついた小野寺選手の交代をベンチに促した |
| 髙橋藍(25歳・アウトサイドヒッター) | サントリーで2024-25・2025-26の2シーズンともにプレー。2026-27はキャプテンを小野寺選手が引き継いだ |
※年齢は2026年10月19日時点
西田有志は、中国戦で倒れた小野寺の交代を促した
2026年7月29日のネーションズリーグ準々決勝・中国戦の第3セット、小野寺選手はコート内でふらついて倒れました。本人は続けようとしましたが、異変に気づいた西田有志(にしだ・ゆうじ)選手がベンチに交代を促しました。
帰国後に西田選手は「チームメートがああなっているならリスクを負う必要はない」「本人は『やれる』と言ってたけど、(無理して)やる理由がない」と説明しています(東スポWEB・2026年8月3日)。経緯とその後の体調は中国戦で倒れた件の記事にまとめています。
髙橋藍とはサントリーで2シーズン一緒。ブロックを高く評価
髙橋藍(たかはし・らん)選手は2024年にサントリーサンバーズ大阪に加わり、2025-26シーズンはキャプテンを務めました。2026年にポーランドのルブリンへ移ったあと、2026-27シーズンのキャプテンを引き継いだのが小野寺選手です。
小野寺選手は、ミドルブロッカーの目線から髙橋選手のブロックを「目線を瞬時に切る判断が本当に上手で、位置取りもいい。大げさじゃなく、彼が位置取りを間違っていることは本当にない」と評価しています(バレーボールキング・2026年5月)。髙橋選手の移籍については髙橋藍の移籍の記事で詳しく紹介しています。
よくある質問
小野寺太志と石川祐希は同い年?
同じ学年です。石川選手が1995年12月11日、小野寺選手が1996年2月27日生まれで、どちらも1995年度生まれです。2026年10月19日時点では2人とも30歳です。
2人は同じ高校・大学?
別々です。高校は小野寺選手が東北高校(宮城)、石川選手が星城高校(愛知)。大学は小野寺選手が東海大学、石川選手が中央大学で、全日本インカレでは4年続けて対戦しました。
2人が同じクラブでプレーしたことはある?
調べた範囲ではありません。小野寺選手はJTサンダーズ広島からサントリーサンバーズ大阪へ、石川選手は大学時代からイタリアでプレーし、2026-27シーズンはトルコのジラート・バンク・アンカラに所属しています。一緒に戦うのは日本代表です。
石川祐希が不在のとき、代わりの主将は?
Number Webは、2021年から主将を務める石川選手が不在のとき、小野寺選手が代理を任されてきたと伝えています。
まとめ:小野寺太志と石川祐希は、何でも言い合える同学年の盟友
- 小野寺選手と石川選手は同じ学年。2013年のユース代表からの付き合い
- 大学では東海大と中央大のライバル。2015年からは日本代表でそろって戦う
- 2026年度の男子日本代表36人で、1995年度生まれは2人だけ
- パリ五輪の選手村では同部屋。石川選手は主将になっても「僕は太志がいい」
- 確執の報道は無い。遠慮のない言い合いは、同い年だからこそのやり取り
- 山内晶大選手とはミドルブロッカーの先輩後輩。髙橋藍選手とはサントリーの元チームメート
2人のプロフィールは選手図鑑で、ほかの選手と並べて見られます。小野寺選手のプレーはポジションとプレーの記事、素顔は性格・髪型・結婚の記事、石川選手の高校時代は星城高校の記事で紹介しています。
※この記事の情報は2026年10月19日時点のものです。所属・年齢は2026年10月19日時点、身長はJVAの2026年度登録メンバーの値です。
出典・参考
- Number Web「『俺らもおじさんになったけど』…石川祐希、小野寺太志、大宅真樹が思い出す12年前の夏」(2025年7月20日) https://number.bunshun.jp/articles/-/866578
- Number Web「パリ五輪バレー代表 小野寺太志インタビュー」3ページ目(2024年10月31日) https://number.bunshun.jp/articles/-/863556?page=3
- Number Web「『何やってんだよバカ野郎』あの石川祐希に異変が…」3ページ目(2023年10月10日) https://number.bunshun.jp/articles/-/859181?page=3
- Number Web「男子バレー小野寺太志の母が語る…『祐希の言葉が嬉しくて』」 https://number.bunshun.jp/articles/-/862407
- Number Web「『俺たち今日も耐えたよな』…山内晶大と小野寺太志が後輩に伝えた“苦い記憶”」(2026年9月10日) https://number.bunshun.jp/articles/-/871897
- 文春オンライン「“石川世代”と言われるのが嫌な時代も」男子バレー・小野寺太志が語った〈同学年・石川祐希はいかに日本を変えたのか〉(文藝春秋2026年11月号) https://bunshun.jp/articles/-/92553
- 4years.「東海大でのラストマッチも、相手は石川祐希率いる中央大 JT広島・小野寺太志3」(2022年3月) https://4years.asahi.com/article/14576163
- 日刊スポーツ「小野寺太志『思い通りにいかない姿も見てきた』選手村で同部屋…主将・石川祐希に感謝」(2024年8月5日) https://www.nikkansports.com/olympic/paris2024/volleyball/news/202408050001876.html
- 西スポWEB OTTO!「『本場のピッツァ修行してきて』男バレ代表メンバーが石川祐希〝旅立ちの日〟に個性的エール」(2024年8月19日) https://nishispo.nishinippon.co.jp/article/855127
- 日刊スポーツ「山内晶大『いろんな思いを乗せて戦っていた』同じMB小野寺太志は体調不良で登録外に」(2026年8月1日) https://www.nikkansports.com/sports/news/202608010001911.html
- THE ANSWER「地上波中継前に…男子バレー石川祐希、高橋藍の謎ダンスに歓喜の声」(2025年7月16日) https://the-ans.jp/news/558843/
- BS-TBSスポーツ 公式X(2025年7月16日) https://x.com/sports_bstbs/status/1945402800109994129
- 東スポWEB「西田有志が中国戦の〝緊急事態〟を振り返る 異変の小野寺太志に交代促す」(2026年8月3日) https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/398171
- バレーボールキング「『圧倒的に“目”がいい』小川智大と小野寺太志が証言する、髙橋藍が持つ“高さではない”ブロックの真価」(2026年5月) https://volleyballking.jp/article/79829/
- 日本バレーボール協会 公式Instagram(1995年度生まれの同期メンバー・2021年9月) https://www.instagram.com/p/CUAgpVZh3xC/
- 日本バレーボール協会 2015年度 男子日本代表 登録メンバー https://www.jva.or.jp/national_team/2015/men_member/
- 日本バレーボール協会 2026年度 男子日本代表 登録メンバー https://www.jva.or.jp/national_team/2026/men_member/
